本編3 〜決意〜 (第86章〜第100章より)
 ひとまず美木を守るという目標は達成されましたが(実際にはまだ岳山は諦めていないのですが)、最終的にそれを達成したのはめぐではなく源造でした。したがって、幼いめぐの「美木を守れるような強い男になる」という願いは達成されていません。つまり、めぐはまだ男になりきれていないのです。この本編3は、源造がめぐのことを思い出すなど魔本絡みの話が徐々に明かされていく中で、その男になりきれていないめぐに小悪魔が一つの決断をさせるという内容になっています。
源造から語られる真実
 めぐから頬の傷(プロローグで源造がめぐを守る際に負った傷)の原因を問われた際に、既にめぐのことを思い出していた(その過程についてはここを参照)源造の口からいよいよ当時のいきさつ(真実)がめぐに語られ、未だにあの時の自分のつまらない意地がめぐの心を傷つけてしまったこと(これ自体は源造の思い込みなんですけど)に罪悪感を持っている源造は心の底から謝罪します。

 「あの時は、ヒドイ事言ってごめん。本当に俺は馬鹿でした。ごめんなさい。」

 しかし、もちろんめぐと美木はその記憶が封印されていますから、身に覚えがなく、別人として片付けられます。(この時、記憶を弄られている側のめぐが「人は記憶を捏造する生物です。」と逆に源造に説くのは面白い描写ですね。)源造は自分の記憶に確信を持っていたわけですからこれにはびっくり。

 本当か…? アレは… めぐじゃねーのか…

この源造の心理描写もこの作品の特徴が出ています。ここで、それが自分の事ではないと思っているものの、心の底から謝罪している源造の姿を見ためぐはやさしく言います。

 「源造…オマエが何をその子に言ったのか知らんが、もう気にしちゃいないョ。
 そんなに長く苦しむことはない。」

完全ではない記憶の封印
 小悪魔の記憶制御は完全なものというわけではありません。めぐも美木も少しずつ無意識下に封印された真の記憶の影響が大きくなっていきます。めぐは、自らの無意識下に封印された女としての意識がじわじわ表に出始めたため、その影響で少しずつ混乱し始めています。

 「俺、本当に女になっちまったらどうしよう?最近、どーも自分が疑わしいんだ。」

一方、美木には気がかりなことがありました。

 「めぐを男には戻してはイケナイって私の中の何かが…」

本編2の美木の記憶でも書いたように、無意識下に封印されためぐは女であるという真の記憶がそうさせているのですが、もちろん美木本人にはそんなことは分かりません。美木はこれまでは、知らない誰かと結婚させられ女として幸せになれない自分の代わりにめぐに女として幸せになってもらおう、という理由からそう考えているのだと思い込んでいたのですが、自分が自由の身となりそんなことを考える必要がなくなった現在も「めぐを男に戻してはいけない」という意識は変わりません。この意識を不思議に思いつつも、美木はその意識に従ってみんなにめぐが男に戻るのを止めるようお願いします。

再び現れた小悪魔
 美木の願いを受けて安田たちは、このまま魔本を封じてしまえば少なくとも「男でも女でもない」状態からは脱出できる、「女ならば選べる」とめぐを説得します。

 女は選べる。俺… 俺は… エ――ト…

真の記憶の影響で混乱しているめぐは、この説得に迷ってしまいます。そんなめぐを見て小悪魔が再度現れます。

 「で、どーする?恵ちゃん。」

この小悪魔のセリフの瞬間からめぐの様子がおかしくなる描写が続きます。鼓動が高まり、呼吸が乱れているのです。

 「何を悩んでる?男か女かどちらを選ぶ?封印なんかする事ないョ。」

 なんで…なんで俺は悩む…

 「さァ!希望を聞こう、どちらを望む?戻るか戻らないのか?悩むことはないだろう。」

 わからない…なんでわからない!?どっちに…男に戻る!?

 「どうするんだ? 答えろ。」

 戻る…変だ…俺が…男に?

源造が怒り始め小悪魔が源造の相手をするようになって以降、めぐは元に戻っていることから、この描写が続いている間に小悪魔がめぐの無意識下に忍び込んで何かをしているのはほぼ間違いないと思われます(後の第115章『安田VS小悪魔』において、小悪魔が安田の無意識下に忍び込もうとする際に似たような描写があります)。具体的に何をしているのかの明確な答えは描かれていませんのであくまで憶測の域は出ませんが、小悪魔には人の心を外側から直接読む能力がないため(この辺については小悪魔の能力も参照)、めぐの無意識下に忍び込むことで現在のめぐの精神状態を探り、現在のめぐの「男として美木を守る」という想いの強さを、つまり願いが叶いそうかどうかを探っていたものと思われます。ここで、小悪魔はめぐの想いが本物、つまり願いに届きそうであるのと同時に、無意識下の女としてのめぐの影響で完全ではないことを感じます。そこで、小悪魔が考えた方法は、めぐを騙すことでした。

 「ごめん、実はもう選べないんだ。残念ながら私にはそんな強大な魔力はないんだ。
 あれから6年が過ぎた。そんなに長く自然の理に逆らう事はできない。
 君はもう元に戻るしかないんだ。そう遠くはない…あの学校に通っているウチに戻るだろう。」

小悪魔の真の狙い
 「もう解けかかっている。その時が来れば、何の苦もなく戻れる。」

 小悪魔は、もう少しで男に戻るとめぐに思い込ませることで、無意識下にある女の記憶の影響がなくなるほど男としての意識を強固にしようとしたわけです。特に小悪魔の最後のこのセリフは、めぐにいずれ男に戻ると思い込ませると同時に、以下の2つの事実が語られているものと思われます。一つは単純に無意識下の女としてめぐが目覚め始めていて、いずれ完全覚醒し記憶が元に戻るということ、もう一つは幼いめぐの望んだ「美木を守れるような強い男」にめぐがかなり近づいているということです。この両方が達成されることで初めて、めぐの願いが叶うと同時に真の記憶が蘇るのです。めぐが「美木を守れるような強い男」に既にかなり近づいていることは、小悪魔がかつてめぐにかけた呪い(本編1でも書いたようにめぐへの試練でもある)を源造に移したことからもうかがえます。これについては次でもう少し詳しく述べますが、この時点でもうめぐは、小悪魔が予知能力で感じている将来的にめぐに立ちふさがるであろう障害に立ち向かえるほどの十分な強さを持っていて、もはや呪いという試練を与える必要はなくなったということでしょう。現在のめぐの問題は「強さ」よりも「男」としての意識であり、だからこそ男としての意識を確固たるものにさせようとしたのです。

 また、ここでの小悪魔の言動から、女としてのめぐの記憶をこれ以上は無意識下に封印できないことも推測できます。めぐの男としての意識が揺らぐ原因は無意識下の女としての記憶なのですから、めぐに男としての意識を確固たるものにするには、その記憶を無意識下により強く封印すればいいわけです。そうせずに今回のようにめぐを騙すことで男としての意識を高めようとしたのは、そうするのが不可能だったか、そうするほど力がなかったかのいずれかでしょう。(この小悪魔の性格からして単にそうするのが面倒くさくて、手っ取り早い今回の方を選んだとも考えられますが^^;)

 ちなみに、このやりとりで実は小悪魔は一つも嘘をついていません。「男に戻る」とは一言も言っていないのです。さすがに「私はあまり嘘は言わん。」と言うだけのことはありますね(笑)。

源造に呪いを移した理由
 上でも少し触れましたが、ここでの小悪魔とのやりとりの際に、めぐを苦しめる小悪魔に対して源造は怒り、その結果源造はめぐに代わって呪いをかけられます。これは小悪魔の嫌がらせのように一見思えますが、おそらくこれも小悪魔の意図だと思われます。「なんなら君にこの娘の呪いを移してやろーか?」というセリフは明らかに源造を挑発しており、源造の性格からしてそんなことを言われれば「やってみろこの野郎!」となるのは小悪魔も当然分かっているはずです。上にも書きましたが、この時点で小悪魔はめぐが十分な強さになっていることを知っています。一方で、これまでめぐを見守り続けてきた小悪魔は源造の強さが不十分であることも知っているはずです。それゆえ、本編1でも書いたように将来的にめぐが美木を守る際に源造の力が必要になることを知っている小悪魔は、めぐに代わって源造に呪いという試練を与えたのでしょう。
なぜめぐは逃げるのか
 もうすぐに男に戻ると突然言われためぐは、無意識下の女としての記憶の影響で、素直にその事実を消化できずに混乱してしまいます。平静を装いつつも混乱のあまり走り出すめぐを見て、美木がめぐの本音に気付き、みんなに追いかけるよう頼みますが、追いかけてくるみんなを背にめぐは逃げ続けます。一旦振り返り、歩道橋から飛び降りた後、再び振り返る描写等から分かるように、ここではめぐは単に逃げているのではありません。追いかけてくる源造たちを試しているのです。だからこそ、危険をおかし傷ついてまで最後まで追いかけてきて、混乱しているめぐを支えようと言葉を発する源造に対して

 君には参ったナ。

となったのです。

源造の絶対と女としてのめぐの賭け
 さて、最終的にめぐに「君には参ったナ」と源造に対して思わせるようになった、ここでの源造とめぐとのやりとりは、作品の本筋としても、そして、作品のテーマとしても非常に重要な意味を持っています。

 「男に戻ったって大丈夫だ、めぐ。」
 「俺はオマエを守る。俺は絶対オマエが好きだ。」

 「絶対なんかない!!」

 「俺にはある!! 俺には絶対ある。」

この言葉に女としてのめぐが無意識下からわずかに覚醒しためぐは、賭けに出ます。

 「キスしよーか。」
 「知ってるカナ… おとぎ話にあるんだ。
 悪い魔法使いに呪いをかけられて、変身させられた… 王子様はね…
 キスでね、元に戻るんだ。 魔法が解けるんだ。」

 めぐは本能的にキスによって魔法が解けることが分かっていて(小悪魔は無意識下の女としてのめぐが完全に覚醒することで、記憶が戻る、つまり魔法が解けるようにしていたのでしょう)、また、この段階で既にある程度源造のことを女として好きになっているからこそ、この賭けに出たのでしょう。ただしここで、めぐは「魔法が解ける=男に戻る」と思い込んでいるわけで女としての記憶が戻るなどということはもちろん知らない、ということには注意しましょう(作品の真の設定を知って読んでいると、そのことをついつい忘れてしまいます・・・ってそんなアホは私だけなのかもしれませんが^^;)。つまり、この「キスしよーか」は、「男に戻っても絶対に自分のことを好きだ」という源造の「絶対」を信じる賭けなのです。

 しかし、この段階での源造の「絶対」は完全なる「絶対」ではありませんでした。小悪魔の嘘によって、「もうすぐめぐが男に戻る」と思い込まされていた源造は実際にはそこまでの覚悟は持てておらず、躊躇してしまうのです。

 「フフフ残念、時間切れデス。」

再び絶対を誓う源造
 「情けねェ… またあのコを傷つけちまった。」

 自分の絶対を貫き通せなかったことを激しく後悔する源造ですが、ここで諦めてしまわないのが源造の「絶対」です。うなだれる源造を「誰だって躊躇する」となぐさめる小林に、源造は言います。

 「なめるなよ、俺は引かん! 俺の絶対はとんでもなく絶対だ!」

ちなみに、一つ上の源造のセリフに「また」とありますが、これはおそらく幼い頃にめぐの心を傷つけたという思い込みを受けてのものでしょう。すでにめぐからそれは別人だと教えられていますが、興奮のあまりそんなことは忘れてしまっていたものと思われます(何より実際には源造の記憶の方が正しいわけですからね)。

めぐの決意とシャワー
 覚醒しかけた女としてのめぐは、賭けに成功しなかったことで再び無意識下に戻りましたが(ただし、完全に消えたわけではなく、以前の状態に戻っただけです)、これまで「男に戻る」ことを目標に生きてきたのにもかかわらず、小悪魔から「もうすぐ男に戻る」と告げられた際に混乱してしまったという事実、つまり自分の「男に戻る」という意思が中途半端だったことを反省します。

 「変わったのは、俺が口先だけの奴だって知っちゃった事。」

いずれ男に戻ると思い込まされためぐは、シャワーを浴びながら今後男として生きていくことを決断するのです。もちろんこのシャワーが女としての自分をめぐが洗い流そうとしていることを象徴しているのは言うまでもないでしょう。

本編3の総括
物語の折り返し地点
 この本編3はめぐが男として生きていく決意をするという、物語全体の大きな転機となっていますが、それだけでなく実は話全体の折り返し地点でもあります(単純に全199章の約半分という意味ではなく)。ここまで岳山から美木を守る過程等を通じてそれぞれに自分なりの信念を持ってきた登場人物ですが、まだ完全に信念を確立している者はいません。ここまで作品中最も強い信念を持つものとして描かれてきた源造もめぐとのキスに躊躇し、キスは実現されず魔法は解けませんでしたし、めぐは男になりきれていなかった自分を認めています。同様に、小林は源造の行動力に圧倒されていますし、美木も自分の弱さを認めはしたものの決して強くなったわけではありません。互いにそんな自分を反省し、今後それぞれは自分の目指す信念を追求していくことになるのです。そして、特にめぐと源造に関しては、その成長の先に、ここでは実現されなかった「キス」があるのです。
「絶対」の意味
 この作品にはあちこちで「絶対」という言葉が出てくるのですが、この本編3の源造とめぐのやり取りはその顕著な例です。もちろん、これだけ繰り返し使われる言葉なのですから、当然西森氏も意図的に使っているでしょうし、実際に作品のテーマの重要な鍵となっています。本編2の最後にも少し書きましたが、この作品のメインテーマは「信念とは何か」にあります。そして、これもそこで書きましたが、重要なのはその信念が正しいかどうかではなく、その信念を貫き通す強さがあるかどうかでした。その信念の強さと結びつくのがこの「絶対」という言葉なのです。

 信念を貫くことは、同時にそれに伴うリスクの受容が要求されます。そのリスクは、単純にその信念を貫く際に反作用的に自分にかかる負の感情、例えば、迷いや不安やプレッシャーや羞恥心などの他にも、その信念を貫くことによって生じるあらゆるものが含まれます。例えば源造の場合は、「めぐが好き」という信念を貫こうとすると、めぐが男に戻るという可能性まで受け入れないといけないわけです。こういったリスクがその信念を揺るがす原因となるわけです。

 なぜそういったリスクを冒してまでその信念を貫こうとするのでしょうか。その究極的な答えが「絶対」なのです。なぜ信念を貫こうとするのかという疑問は、その信念の前提条件を問いかけていることにほかなりませんが、そもそも前提条件を必要とするような信念は、二次的な信念でしかないのです。例えば「お金持ちになりたい」という目的のもとで「一生懸命勉強する」という信念は、あくまで「お金持ちになる」という信念に従属するものでしかないわけです。このような余計な前提がない純粋な信念こそが究極的な信念であり、この信念に対してはなぜその信念を貫こうとするのかという疑問には意味がありません。「それが信念だから」という同値的な答え以外ありえないからです。このように前提を必要としないものが「絶対」なのです。(絶対という概念の一般論については別ページにもまとめてみました。)究極的な信念は、自分のあらゆる価値の源泉であり、他のなにものにも代えられない絶対的なものなのです。したがって、信念を貫こうとする強さは、いかにその信念がその人にとって絶対に近づいているかに依存するわけなのです。

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