本編2 〜約束〜 (第66章〜第85章より)
 しばらく作品全体としては本質的な進展がないままでしたが、第66章『秘密』から一気に話が作品として動き始めます。めぐの願い、つまり美木を守ることに関連した話がここからようやく本格的に始まるのです。まずめぐと美木の記憶に関する内容から情報を整理しましょう。
めぐと美木の記憶
 プロローグの段階でめぐは美木が何かに絶望していることには気付きましたが、肝心のその中身までは知りませんでした。しかし、記憶を弄られてからは美木が絶望していることすら覚えていません。つまり、めぐの目的はまず美木を守るということであったため、美木をなんとしても守らなければならないという意識は当然残されてはいるものの、めぐはその意識の契機となった美木が絶望しているということは忘れてしまっているのです。

 安田に聞かれた時からわかってた… 知らないんだ!
 俺は知らない! 美木の事!! なんで…

一方、美木はめぐを男に戻してはいけない、女として生きさせようという意識を持っています。めぐは女であるという無意識下に封印された真の記憶がそうさせているのです。

再び芽生えた美木を守るという信念
 そのめぐを女として生きさせようという意識から、めぐに自分から離れて女として自立してもらおうと美木はめぐに自分に許嫁がいるという秘密を明かします。本当はプロローグ以降ずっと美木はこの「知らない誰か、それも恐ろしい人と結婚させられ、16歳で家を出される」という事実に絶望しているのですが、幼い頃(プロローグ)と同じようにこの際もめぐに心配をかけないように平静を装います。そんな平静を装う美木を見て、めぐの方も当時と同じくその裏に隠された絶望を見抜きます。この瞬間かつての「男になって美木を守らなければならない」という信念にめぐはようやく再び到達したのです。(記憶自体は封印されたままですので、かつての状態に“戻った”わけではなく、新たにその状態にたどりついたわけです。)

 「俺が必ず守ってみせる。 君を守る自信がある。」

また、ここでの秘密に関するめぐと美木のやりとりを見ていた源造は、これをきっかけにめぐのことを思い出していきます。(これに関してはここを参照)

美木の弱さ
 このようにつらさを隠し平静を装う美木の生き方は、周囲に余計な心配をかけたくないという美木の優しさでもありますが、同時にこれが美木の弱さでもあるのです。つまり、周囲のために自分を押し殺す受動的な生き方をする美木だからこそめぐにとって守らなければならない対象となっているのです。作品全体としてもこのことは重要な意味を持っています。つまり、めぐが願いを叶えるには、単にめぐが美木を守るだけでなく、美木自身がめぐから守られる必要がなくなるよう自立しないといけないわけなのです。
岳山という人間
 美木の許嫁である岳山隆雄は美木が恐怖していた通り、いやそれをも凌ぐ恐ろしい男でした。狡猾・極悪・卑劣・非道、しかも強い、とまさに悪そのものだったのです(まあ、こいつがいい奴なら話が根本的に成立しなくなるので当然なのですが・・・)。ただし、この岳山に関しては、単純に敵のボスだから悪い奴というだけではなく、作品の構造上としてめぐたちとは対照的なものとして描かれていることが重要です。岳山を象徴するセリフを挙げてみましょう。

 「花華院の歴史・名声。人脈から全資産まで頂きたい。」
 「俺は…岳山家。岳山コンツェルン。(中略)
  その全てを継ぐ男。本物のエリート。それに決して満足しない男。岳山隆雄。」
 「俺はオマエとは違うんだ。(中略)日々を生きていただけの奴とは違うんだよ。」
 「あの家に見捨てられてしまう。親に、親戚に…会わせる顔がない。」

岳山は周囲の自分に対する評価、自分と周囲との比較にこだわっているのです。本編4で登場する柳沢のところでも書きますが、この思考回路はめぐたちのそれとは全く正反対なのです。

弱さを認める美木
 そんな岳山を一旦は退けためぐですが無傷というわけにはいきませんでした。美木は周囲のために、そして、何よりめぐのために自分を押し殺してきたのですから、自分のために傷つくめぐを見て、めぐにもうこんな危険なことをして欲しくないと思います。

 ひどいよ めぐ―― なんてことしてくれたの…
 どーしてくれるのよ!? 別に誰だって良かったのよ!
 言うわ! もう少しよ… ここまで頑張ったんだから――
 大丈夫… アタシは強いんだから。

しかし、めぐはこんな状況でも笑顔を浮かべ、やさしく、そして、強く言うのです。

 「大丈夫だよ。 どんな手を使っても守ってみせる。」

この時、美木は「男として美木を守る」というめぐの信念の強さを目の当たりにし、自分の弱さを認め、初めて本音を言います。

 今日…初めて… めぐが男の子に見えた…
 私の方が全然…全然弱いデス。 アソコの笑顔…反則ヨ、 めぐ…

 「ごめんなさい…本当はすごく嫌だったのデス。めぐを心配させたくなかったのデス」
 「こんなつまらない女の子… 
 自分を曲げて生きていく人間をめぐに見せたくなかったのデス…」

美木と約束
 しかし、美木には自分の弱さ以外にもう一つ婚約を拒絶できない理由がありました。それは祖父との約束です。この約束が具体的に何なのかについては実は作品中に明示はされてはいないのですが、おそらく岳山家との縁談を進めることそのものを約束したのではなく、美木が「幸せに生きる」ということを約束したものと思われます。美木の両親は、美木がまだ幼い頃に火事によって美木の命と引き換えに死んでしまったのですが、美木の祖父は、娘(美木の母)を「幸せにする」という約束を破っただめな男と美木の父をみなしており、娘の死の原因を彼に押し付け、そして、娘は不幸だったと思い込んでいます。それゆえに、美木の祖父は孫である美木の幸せを願い、幼い美木もそうあることを約束したのです。そして、美木の祖父はこの縁談を進めることが美木の幸せになると思い込んでいるわけなのです。(稀代の名士と呼ばれる美木の祖父がなぜそんな思い込みをするのか、そして岳山の本性をなぜ見抜けないのか・・・、この辺が、この作品の中で最も無理のある設定なんですけどね^^;)

 一方、美木にとっては、自分があるのは亡き両親のおかげであり、何より自分の親でありますから、このように祖父から両親を否定されるのはこの上ない苦痛です。「おまえも約束を破るのか」という祖父の言葉によって美木が婚約を拒絶できなくなったのは、自分がその約束を破ることで、自分ばかりでなく自分の父まで否定されるのに耐えられなかったからです。それゆえ、美木は岳山との婚約を進めるべく家に戻ります。

説得できないめぐとその理由
 しかし、もちろんめぐもすんなり諦めません。美木の部屋まで押しかけ再び説得を試みます。岳山と出会いその本性を知っているめぐは、このまま美木をいかせて美木が幸せになれないことを知っているため、これは当然の行動です。

 「わけを聞こう。美木に本当の信念があるなら、俺はこのまま帰る。」

美木は、祖父との約束の経緯を話し最後にこう言います。

 「都合がいい時だけ、女を利用したくない。」

しかし、確かに亡き父のことを想う美木の決意は固いとはいえ、どういうわけかめぐは説得する言葉が出せません。

 ヤバイ… なんでだ!? おかしい… 俺、変だ!? 反論できない…
 待て美木!! 違う!!

ここで最初に書いたこの作品の表現方法の特徴を思い出しましょう。ここでのめぐの心理描写はまさにこれにあたります。したがって、ここでは単純にめぐが美木を説得する言葉を思いつかなかったというよりは、魔本関連の何らかの超常的な力が働いてめぐからその言葉を奪ったと考える方が妥当でしょう。そもそも本来なら「どんな手を使っても美木を守る」と決意しているめぐがこの程度のことで躊躇するはずがないのです。肝心のどのような超常的な力が働いているのかに関してははっきりとした答えはわからないのですが、作品全体の流れを考えると、亡き父のことを想う美木の信念を超える信念にめぐがこの時点では到達していない、つまり、まだめぐが美木を守れるほどの男になりきれていないために、「女を利用したくない」という美木の言葉に対して、封印された女としてのめぐが反応したのではないのでしょうか。実際、これは本編3で分かることですが、めぐはこの時点ではまだ男としての信念を確立できていないのです。

小林の説得
 説得の言葉が出てこないめぐの前に、ようやく美木の部屋へと小林が到着します。

 「相手の男を見ました。つまらん男でした。このまま行かせて幸せになれるわけがない。」

この確信にしたがって、めぐと同じく美木の幸せを願う小林はこの縁談を壊そうとしますが、美木はめぐのときと同じく約束という言葉を持ち出します。

 「その約束は誰の為に守るのですか?」

 「私のため、そして、亡き父の名誉のため。」
 「つまらない意地です。」

源造の説得
 亡き父を想う美木の信念は固く小林も説得を諦めます。しかし、最後の最後で美木のこの信念を超えた男がついに到着します。蘇我源造です。ここまで彼にはあまり触れてきませんでしたが、源造はこの作品中最も強い信念を持ったものとして描かれており、この作品のテーマを体現しようとする男なのです。

源造は縁談をぶち壊すべく、「美木が好きだ」とウソをつき、まず美木を説得します。

 「約束を破りたくないの…」

 「俺はしてないよ。」

 「エッ、そっ、それは私がした約束だからね。」

 「そー俺は約束していない。」

 「俺は約束してねーから、オマエの約束を守る必要はねェだろ。」

一方通行だった約束
 源造のこの説得に関しては一見全く会話が噛み合っていないように思えますが、自らが婚約を選ぶ理由を「私がした約束」だからと言う美木に対して、その約束は無意味だと源造は指摘しようとしているのです。めぐに説得された際に「その時はそこまでは考えていなかった」と現在の美木が語っていたように、この約束をした幼い頃の美木は、父親をバカにされたくないという単純な発想だけでこの約束をしており、その「幸せに生きる」という約束が将来的にこのようなことになるなどとは思ってもいません。つまり、この約束は祖父からの一方通行なものであり、美木自身が心の底から約束したものではないのです。また、それだけでなく、「亡き父の名誉を守る」という美木の想いも、結局のところ突き詰めれば美木自身が傷つきたくないだけであり、美木の勝手な想いでしかありません。当然ながら美木の父は自分の名誉を守ってもらうために娘を苦しめたいなどと思っているわけがないのです。つまり、こちらも美木の一方通行な想いでしかないのです。
約束からの解放と新たな約束
 さて、話を元に戻すと、源造は「俺が美木を幸せにする」と大嘘をつき、自分と美木の婚約者である悪者岳山隆雄との勝負になるように持っていき、一発で吹き飛ばして、縁談をぶち壊すことに成功します。ただし、めぐの方はまだ先ほど美木が言っていた約束のことが気がかりでそのことを美木に尋ねますが、

 「平気。なんとなく、あのゲンゾー君に教えて貰った。」

美木はもう源造の説得によって「偽り」の約束から解放されていたのです。そして、これまでまず周囲のことを考えて自分を押し殺してきた美木は、未だに父のことを責め、美木の母のことを「不幸だった。何もいい事なんてなかった。」と言う祖父に対して、初めて自分の本音を伝えようとするのです。

 「私、私は母が不幸だったなんて…」

結局は完全に言い切る前に、その場に居合わせためぐが先にキレてしまうんですけど。そのめぐの「美木が生まれただろ!」でようやく自分の非を認めた美木の祖父は、火事の際に両親が美木を助けた経緯を語ります。そして、美木は今度こそ祖父と本当の約束をするのです。

 「これは本当に約束します。お祖父様より先に死んだりしません。絶対に。」

男心と女心
 ここで火事の詳細な話を知っためぐは疑問が生じ、そのことを美木に尋ねます。

 「なんでミキの父サマは…炎に飛び込む時…母サマを置いて行ったのカナ。」
 「どーせ死ぬなら一緒にさ、いたいんじゃないのカナ?」
 「俺は置いてかれたくないな――」

 「それは女心ね。」
 「私、思うにね 父サマは、絶対連れていきたくなかったのよ。」
 「みたくなかったのよ。それに自分より数秒でも長く生きて欲しかった…」
 「それが男心ってもんじゃないカナ」

この男心と女心の対比は、物語のラストでのめぐの選択に反映されることになります。(こういう長期的な伏線はこの作品に数多くあり、これがこの作品のすごいところの一つ!)

源造の凄さを認識するめぐと小林
 美木を助けることに成功した源造ですが、そのためにウソとは言えめぐの前で「美木が好きだ」と言ったことにへこんでいます。ですが、そんな源造の前にめぐが現れ、美木を説得した源造の凄さを褒め称えます。

 「他の誰が認めなくたって、俺は男だと思った。」

そして、めぐと同じく美木を説得できなかった小林も、自分と違って美木の信念を超え説得に成功した源造を尊敬します。

 「男だと思った。俺なんかよりズットデカイ… 尊敬した。」

源造がめぐのことを思い出す過程?
 話は全く変わりますが、源造が幼い頃自分が傷つけたと思い込んでいる少女の現在の姿がめぐであることに気付き始めたのは恐らくこの本編2でだと思われます。その伏線と思われる特殊な描写がこの本編2には2つあるからです。

 1つ目は上にも書いた秘密に関してやりとりをするめぐと美木を見ての源造の

 「……」 アレ!? なんだろ 何か…

という描写。(7巻p131)

 もう一つは8巻p11における、平静を装って「アタシより…めぐを心配してあげてね。」という美木を見ての源造の反応と、それからしばらくしてからの藤木との次の会話です。(8巻p24)

 「なんかよ、めぐとミキちゃんてなんか似てねーか。」

 これらは本編2の内容そのものには全く関わってこない描写であり、またその後の本編3で源造がめぐのことを思い出していることから、これらがその伏線になっているものと思われます。しかし、肝心のこの源造の不思議な反応の意味はいまいち分かりません。過去の記憶の影響だとしても、プロローグにおける幼いめぐと源造の出会いの描写にはそれらしいシーンはありませんし・・・。8巻p11の振り返る美木の顔を見て、髪が短かった幼いめぐの振り向く姿を後ろから追いかけることしかできなかった幼い自分を源造が思い出したという仮説くらいしか思いつかないのですが、こんな仮説では全くしっくりきません・・・。

本編2の総括
それぞれの信念
 最後に作品全体のテーマという側面から見たこの本編2の重要な点について考察します。この本編2は、岳山から美木を守るという話であると同時に、めぐ団の各キャラの信念がぶつかり合うという話でもあります。それを分かりやすく整理しましょう。

美木の信念1=周囲に迷惑をかけたくない
美木の信念2=亡き父の名誉を守るための約束
めぐの信念=男として美木を守る
小林の信念=このままでは美木が幸せになれないという確信と美木の幸せを願う意思
源造の信念=めぐの幸せという自分の中の絶対

最後の源造の信念についてはもう少し説明しておきます。源造はもちろん美木のことを大事に思っていますが、言うまでもなく源造が一番好きなのはめぐです。そんな源造が小林、めぐのいずれもが美木の説得を諦めた中、それでも美木を説得しようとしたのは、そうすることがめぐの幸せだと信じていたからなのです。したがって、この時の源造を根底で支えている信念はめぐの幸せを願う気持ちなのです。そして、この本編2におけるそれぞれの信念の強さは以下のようにまとめられます。

源造の信念>美木の信念2>小林の信念≧めぐの信念>美木の信念1

最初にめぐが美木の説得に成功したのは、1つ目の美木の信念より強い信念をめぐが持っていたからです。一方で、約束を守ろうとする美木の2つ目の信念を前にしたときには説得の言葉が出てこないようになってしまったのは、この時点におけるめぐの信念がこの美木の信念2に劣っていたからにほかなりません。小林が説得し切れなかったのも同様の理由です。美木を説得できたのは、美木の信念2を超える信念を唯一持っていた源造だけだったのです。

作品のテーマとしての信念
 しかし、この信念の序列はあくまで強さに依存しているだけであり、その信念の正しさとは無関係であることに注意しなければなりません。実際、めぐや小林の信念に勝った美木の信念2は、作品上では最終的には正しくないものとして扱われています。また、何よりこの美木の信念を打ち破った源造の信念さえも表面上は「美木が好き」というウソで実現されています。しかし、その奥底にある信念の強さは本物なのです。坂月氏はそれを感じとったからこう言ったのです。

 「私、この若者を信じます。彼の言葉から偽物でない信念を感じました。」

どの信念が正しいか間違っているかは、視点によって変わってくる相対的なものでしかありません。重要なのは、その信念が正しいかどうかではなく、その信念に貫き通せる強さがあるかどうかなのです。そして、これこそがこの作品のメインテーマの一つの形なのです。

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