本編4.5(第144章〜第164章より)
 この本編4.5は本編3.5とほとんど同じく、説明不足の部分を補填する内容が主です。小林の初登場時にちらっとだけ紹介されたエピソードがここでようやく明かされたり、新たな魔本から現れたカッパが藤木に試練を与えたりなど、つなぎの部分としてはかなり中身が濃いです(ただし、王子様の話はほとんど本編と関わりがない上に、特に面白いわけでもありませんから、私的には完全に余計なエピソードに思えるのですが・・・)。ここでは、この本編4.5でスポットが当たる小林と藤木のエピソードに関して簡単にまとめておきます(カッパのエピソードから読み取れる魔本の性質に関しては本編3.5のところでも書いたように別ページにまとめました)。この2人に関する内容は本編5にも大きく関わってきます。
小林の目指すもの
 小林は、純粋な強さとしてはめぐ団の中では最強として描かれているのですが、自分自身で自覚しているようにここ一番での行動力で源造に劣っています。それゆえに小林は源造を目標としています。

 「僕は、考えて強くあろうとしているから…考えが及ばない時がある。
 奴(源造)のように速く、ハッキリと行動できない。
 いつか蘇我を超えたい。あの強さを手に入れたい。」

源造に考えるという作業が必要ないのは、源造の信念が絶対であるからです。つまり、源造の信念には前提が存在せずその信念自体が出発点であるために、考えるという作業が必要ないのです。一方、祖父の教育のもとで目的も分からず強くなってきた小林は、その強さに理由を、いわば前提を求めています。だからこそ「考えて強くあろう」としてしまうのです。

 小林の自己(いわゆるアイデンティティ)は自分の強さを基盤に成立しています。信念はその人が想って初めて成立するのですから、信念もまた自己の上にあります。したがって、信念を絶対的なものにするには、自己もまた絶対的なものにする必要があるわけです。自分の強さに前提を求めている小林は自己を絶対的なものに出来ていません。石割りエピソードはそんな小林の精神状態を象徴するものです。石割りは、それを達成しようという信念が、それを実現できないのではという不安と相克している状態では実現されません。小林の場合、この不安の原因は自分の強さに迷いがあることなのです。この状態を超克し、自己を絶対的なものにすることで、石割りを実現するという信念は絶対的なものとなり、その瞬間に初めて石割りは実現されるものなのです。小林の祖父の言葉はそれを物語っています。

 「人は其れが出来ぬと思わば出来ぬ。出来ると思わば出来る。」

 小林が最終的に目指すのは、強さに理由を求めている状態から解放され、出来ると確信すること、つまり、「絶対の境地」に到達することなのです。

藤木の願い
 藤木は必要以上に「普通」を意識するものとして描かれています。この考え方は、他者に映る自己像を意識しているという意味で、岳山や柳沢に近いわけで、藤木はめぐ団の中で最も信念が弱いものなのです。そんな藤木が成長するのがカッパエピソードなのです。

 このエピソードで、藤木はカッパから与えられた試練を乗り切りましたが、その直後にカッパは成仏してしまい、「ボクが言った事を達成できたら、願いを聞いてあげる。」というカッパの約束は果たされずに「願い」を聞いてもらえませんでした。

 この事実だけ見ると、小林の言うとおり藤木の苦労は単なる無駄で「願い」は叶わなかったと思えますが、もちろんそうではありません。小悪魔と同じくカッパは願いそのものを叶えるのではなく、その人の心の中にある本当の想いを叶えようとしたのですから、この試練を乗り切ったことで既に藤木は「普通」から脱却したいという本音を達成しているのです。試練の恐ろしさを想像し不安を感じつつもその試練を受けると決断し、実際にその試練を乗り切ったことで、藤木は「普通」にこだわる弱さを克服したわけです。その後藤木が夏休みの間ずっと海で泳いで肉体を鍛えたこともそのことを物語っています。

本編5 〜最後の戦い〜 (第165章〜第197章より)
 すでに岳山が裏で動いていることに気付いていためぐたちは、こちら側から動き出し岳山を圧倒することで美木を不安から解放しようと、礼子さんからの手紙を装ってめぐたちをおびき出そうとする岳山の罠に自ら飛び込んでいくことを決意し、いよいよ美木を守るためのめぐ団最後の戦いが始まります。ここでも、これまでのストーリー展開と似たように、一旦は岳山に圧勝するのですが、岳山の執念によりすんなり終わらず結局は大苦戦することになります。キャラクターごとにこの最後の戦いを追っていきましょう。
美木
 本編2で書いたように美木の弱さは「周囲のために自分を押し殺す受動的な生き方をする」ところにあり、それゆえにめぐにとって美木は守らないといけない対象になるわけでした。したがって、美木にとってのこの最後の戦いはその弱さを克服するものなのです。最初に岳山の罠に敢えてのることを決断したときの美木の言葉はそれを表しています。

 「行こーか。やられっぱなしだから、怯えるんだよね。」

しかし、口ではそうは言えてもそんなすぐに変われるものではありません。岳山の策略によって捕まった美木は、心配するめぐを前にして相変わらず平静を装います。その美木の姿を見てめぐは残念がったのは、美木にその弱さを超えて欲しいと思っているからです。源造たちを傷つけるか、美木と戦うかの究極の選択をめぐが岳山(柳沢)から迫られた際に、

 「アイツらは、オマエを助けに来たんだ。知ってるよな?だから俺はオマエとは戦わない。」

とめぐが美木に言ったのは、自分を犠牲にすることで逆に自分が楽をしようとしていることを美木に悟らせるという意味もあるのです。そんなめぐの苦渋の選択によって美木は自分の本当の弱さを思い知らされるのです。

 恵にとって、他人の痛みを選ぶ事が…どんなつらい事だったか…それを選択した理由…
 そーよ、私すぐ逃げるの…ヘラヘラして気にしてないフリ、困ってないフリ。もう逃げないよ。

 この決意から美木は岳山側の精神攻撃(岳山の目的は美木と結婚し花華院家の資産・名声を手に入れることなので、美木を精神的の弱らせて結婚を認めさせようとしている)を乗り切り、両親が死んだ火事事故が原因の高所恐怖症に耐えることで、完全にその弱さを超えるのです。

藤木
 藤木は「普通」、つまり周囲の評価にこだわるところがあり、その意味では岳山らに近いところがあったと本編4.5で書きました。カッパエピソードを通して成長した藤木が完全にその状態を超えるのがこの最後の戦いなのです。その藤木に最後に立ちふさがったのは岳山でした。

 まず藤木の相手が岳山であった理由から考えましょう。岳山は言うまでもなく、美木の恐怖の原因となったいわば敵の大ボスです。普通に考えれば美木を守るために魔法までかけられた主人公めぐの最後の相手になるものと思えますが、めぐはこの最後の戦いで岳山と闘うことは一度もありませんでした。これは単に残り話数との兼ね合いで、めぐVS岳山の戦いを描くのを西森氏が断念したように一見思えますが、よく読むとそうではないことが分かります。実はこの最後の戦いを藤木の視点から見ると、かなり早い段階(爆弾エピソード)から藤木VS岳山の構図になっており、西森氏は最初から岳山を藤木の最後の相手とすることを決めていたものと思われます。その理由がまさに冒頭に書いた、かつての藤木が岳山と似たような思考回路だったことにあります。藤木にとって岳山とは過去の自分を象徴するものなのです。

 しかし、藤木VS岳山の実際の戦闘はありませんでした。と言うよりも藤木を意識していたのは岳山だけだったと言った方が正しいでしょう。藤木の挑発にすぐ乗った岳山とは対照的に、藤木は岳山の挑発を全く無視しているのがこの関係を象徴しています。藤木は明確な自己を確立しており、ただ「めぐの元に戻る」ことだけしか考えておらず、岳山などは眼中になかったわけです。つまり、カッパエピソードである程度過去の自分の弱さを克服していた藤木は、爆弾エピソードで源造の凄まじさに触発されることで完全に過去の自分を超えていたのでした。

小林
 本編4.5で書いたように小林が目指しているのは、すでに源造が到達している「絶対の境地」、つまり信念に確信を持つことです。もちろん元々の強さはめぐ団最強なのですから、この最後の戦いでも小林は大活躍することになるのですが、いくら敵を倒したところでその小林の目標は達成されません。自分の強さに理由を小林は相変わらず求めているからです。

 「祖父が僕に強さを求めた理由はいまだわかりませんが、
 今、それがここで役に立つ事がとても嬉しいです。」

最終的に小林の前に立ちふさがるのは岳山の側近である非常に狡猾な男細井なのですが、「絶対の境地」を目指す小林の本当の最後の相手は、強さに理由を求めてしまう自分自身なのです。

 細井の卑劣な作戦によって足を折られた小林がそれでも立ち上がろうとするのは、こんな奴に負けたくないという意地だけでしたが、ついに立ち上がることが出来なくなります。

 くそっ… 立て!! 立て!! くそっ! くそっ!! なんで… こんな所で…

そう小林が諦めかけたとき、源造が言います。

 「立て。」 「絶対立て!!」

単なる意地であってもそれを貫けるかどうかが絶対への最終的な分水嶺であることをすでに「絶対」の信念を持っていて本能的にわかっている源造は、そして心の底で小林のことを尊敬している源造は、小林にその壁を越えて欲しかったのです。その源造の言葉に小林はついに立ち上がります。

 ああ… 立てて良かった。もう一度立てる力があって良かった。
 強くなって良かった。
 もう負ける気がしない。

 この瞬間小林は純粋に「強くなって良かった」と思うことで「強くなる理由」から解放され、「絶対の境地」に到達するのです。だからこそ「もう負ける気がしない」と確信できるのです。そして、この直後にそれまで何度やっても出来なかった「石割り」が達成されるのです。

源造
 何度も書いてきたように、源造はめぐ団の中で最も強い信念を持っており、すでに絶対の信念に限りなく近いところまで到達しています。それゆえにこの最後の戦いでは、まだそこに到達できていない藤木や小林をそこに導く役割がしばらくは続きます。

 さてそんな源造ですが、前編のラストでは「何があってもめぐが好き」という自分の信念を貫き切れませんでした。つまり、完全なる絶対ではなかったわけです。しかし、その前編ラスト以降、源造は「男の中の男」を目指し、絶対をより強固なものにしてきました。そして、この最後の戦いでは、めぐと美木のどちらを救うのかという究極の選択を最後に迫られた際に、その「絶対」が試されるのです。

 どっち!? どっちを… どっちを助けんの!! 男!? どっちが男らしいの!?

「男の中の男」を目指す源造は一瞬どの選択が男らしいのかに悩むのですが、最終的に源造に決意をさせるのは、そんな「男らしさとは何か」の追求ではなく、自分の中の絶対でした。

 俺の絶対は、めぐの幸せ。

めぐを選べば美木が犠牲になることになりめぐは悲しむ、美木を選べばめぐが犠牲になる、どちらの選択肢にもめぐの幸せはありません。だからこそ両方を救うことで、絶対の信念を源造は実現しようとしたのです。

 「おここのわかのおここは、おうほうら!」

「男の中の男」とは絶対の信念を実現する「人間」のことだったのです。

めぐ
 めぐに関しては重要なエピソードがいくつかありますので、この最後の戦いのめぐにとっての意味を考える前にまずはそこから見ていきましょう。
牢屋で倒れた理由
 牢屋の中で足に鎖をつながれためぐが、傷ついてもなおもめぐを助けようとする源造の姿を見て、突然その場で倒れた後、這いながら前進し、懸命に右手を伸ばす描写があります(第179章『ちょっとだけ…』)。これはここだけ見ても意味不明なのですが、この直後にめぐが

 なんだろう。俺、今何をしよーと思ったんだ… 何を…

と自分でもその行動を理解できていないことから、例によって魔本絡みの超常的な力が働いたと推測できます。しかし、実はこのめぐの謎の動きは単行本20巻だけでは説明できません。外伝によって明かされる小悪魔の過去によって初めてこの動きの意味が分かるのです。人間時代の小悪魔は死の直前、少女との約束を果たそうと傷ついた身体で這いながら進んだものの、願いは叶わず懸命に右手を伸ばすところで最期を迎えています(小悪魔の過去については、ここにもまとめてあります)。傷つきながらもめぐを救おうと懸命な源造の姿を牢屋の中からめぐを通して見た小悪魔は、自分が牢屋の中でかつて見た少女の姿を思い出し、その結果として小悪魔の自らの最期の記憶がめぐに反映されたわけです。

 (ちなみに、このシーンは長らくの間私にとってこの作品中最大の謎であり、外伝で小悪魔の過去を知っていてもこのシーンとの結びつきはなかなか思いつきませんでした。そのため、小悪魔が魔力で傷ついた源造の肉体を回復させた、無意識下の女のめぐが目覚めたなど様々な仮説を考えていたのですが、どれもしっくり来ませんでした。このシーンと小悪魔の過去との結びつきを思いつき、この謎が解けたときは感動のあまり叫んでしまったほどでした^^;)

自分に覆いかぶさる源造を見ての反応
 爆弾の爆発の衝撃からめぐを守ろうと、めぐに覆いかぶさってきた源造を見て

 アレ? なんか…

と反応します。これもまた、この作品の表現方法を考えれば例によって魔本絡みの反応だと推測できますが、これについては先ほどのような難解なものではなく、プロローグを思い出せばすぐにわかります。幼い頃、ガラスからめぐを守ろうとした源造の記憶が一瞬フラッシュバックしたわけです。

源造と一緒にいることを選ばなかった理由
 源造が爆弾を取り付けられ、もう少しで爆発するというところで

 「一緒にいられるだろ?」

と最初は爆発するまで源造のそばにいるつもりだっためぐですが、最終的には「向こう行ってくれ」という源造の言う通りにします。これは本編2の最後にあった美木の父の行動に関する美木とのやりとりを受けてのものです。源造の「男心」に応えようとしたわけです。(ただし、純粋に「男」としてのめぐならおそらくここで源造の「男心」に応えずに一緒にいたでしょう。この辺は第132章『トモダチ?』でのめぐと源造とのやりとりを参照していただきたいのですが。したがって、この選択は、この時点ですでに源造に惚れている「女」としてのめぐの決断なのではないのかと思われます。・・・って私の深読みしすぎかもしれませんが^^;)

最後の一歩
 では、本題である、めぐにとってのこの最後の戦いの意味に入りましょう。幼い頃のめぐの望みは、「美木を守れるような強い男になる」ことでした。したがって、めぐにとってこの最後の戦いの意味は言うまでもなく、それを達成することにあります。ただし、実は前編のラストでめぐが男として生きると決意して以降、めぐはその信念をほぼ絶対的なものとしており、客観的にはもうこの望みはすでに達成されています。例えば、本編4の総括で触れたように、柳沢はすでに

 コイツは女じゃねェ! いや…そういう次元じゃねェ!!

と、めぐに男女という次元をはるかに超越した強さを感じているわけですし、小林らもはっきり男女を超えためぐの強さを認めています。しかし、何度も書いてきたことですが信念において重要なのは客観的評価ではありません。めぐはいまだに「男」にこだわっているわけで、まだその自分の理想とする「美木を守れるような強い男」になれたとは思っていません。めぐがそうなれたと実感することで初めて幼いめぐの望みは達成されるのです。

 そんなめぐの最後の戦いは、上に書いた爆弾の爆発によってドアの下敷きで意識を失った源造を爆発の影響で崩壊しつつある建物から救い出すことです。もちろん、めぐは戦闘能力こそは高いものの、やはり現実的には女であるため純粋な力はさほどありませんから、ドアの下敷きとなった源造を救い出すのは容易ではありません。

 力が欲しい… 力が…

しかし、これまでこの最後の戦いにおいて仲間の男たちが土壇場でこそ信じられないような力を出してきたことをめぐは思い出します。

 負けるかよ。ざけんなよ。力が無いとかそんなの関係ない。
 イザとなると、男は凄いんだよ!

この強烈な信念のもとで、自分にある全ての力を持って、めぐは源造を救い出そうと奮闘します。そして、意識を失いかけながらも源造を抱えながら崩壊しつつある建物から抜け出すまであと一歩のところまでたどりつきます。

 もう 一歩。もう一歩。何も見えない… だ め だ。
 皆… あきらめなかったろ。俺だって… もう 一歩。も う…
 皆、俺に力を。あきらめない勇気を。俺に…も 一歩。

この「一歩」は幼いめぐの願い「美木を助けられるような強い男」への最後の「一歩」でもあったのです。

本編5総括
 この本編5「最後の戦い」は形上では岳山という敵と戦うように描かれていますが、上に書いた各キャラクターにおけるこの最後の戦いの意味から分かるように、それぞれが本当に戦う相手は自分自身なのです。例えば、藤木・小林はそれぞれ岳山・細井と戦うことになるのですが、実際に戦っている相手はあくまで自分自身だったわけです。また、上にも書きましたが、藤木・小林については共に源造がきっかけで最後の壁を超えるという構図になっているのですが、重要なのはあくまで最終的に壁を超えたのは自分の意思であるとういことです。他者がいくら協力したところでそれはきっかけ以上のものになることはなく、最終的な決断を下すことができるのは自分自身でしかないわけです。

 これらはこの作品のテーマとも大きく関わっています。信念は自分の外側に依存するのではなく、あくまで自分自身を出発点とすべきものです。岳山・柳沢の設定の際に書いたことですが、他者に依存するような信念は確固たる自己の伴わない非常に不安定なものであり、真の信念ではないわけです。だからこそ、この最後の戦いでのそれぞれの相手は自分の外側にあるではなく、自分自身だったわけです。

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